パラリンピック選手の動きをみて思うこと

東京2020オリンピック、パラリンピックが終わってから2ヶ月以上経ちます。

オリンピックでは、一般的に普通とされている人の身体能力の限界への挑戦、
パラリンピックでは、身体的・精神的なハンディーを有する人の身体的能力の戦いの場であったと言えるかもしれません。

パラリンピアンのなかでも肢体に不自由のある選手は、普通の人はやらない・やれない動きを用いたり、身体を巧みに操ってプレーされます。先天的なものであれは元々ない機能、後天的なものであれば失われてしまった機能を他の部位や機能で代償することで、動くことを可能にされているのです!

人間を始めとする生物が有する生命力は、生体内に何かしらの問題が生じたり異常を感知すると、防衛本能としてその異常から回避する動作や代償動作をして身体を守ろうとします。一方でその回避行動や代償動作をあえて上手く使うことで、普通とは異なる動作を獲得しているのがパラリンピアンを始めとする障害者の動きとも言えるかもしれません。普通とは異なる動作を獲得するために、オリンピアン同様、ある意味それ以上に大変な思いをされつつ反復練習を繰り返して身体に新しい動作を染み込ませて来られたから可能になっているのです。

パラリンピックはただスポーツの勝敗やその選手の経歴などのエピソードだけではなく、別の切り口で普通とは異なる身体能力を発揮していることに気づけると、また違った面白さを感じることができますよ!